偏差値の基本的な意味から、大学入試制度、日本とアメリカの大学(入試)制度、現代日本の高等教育が抱える根本的な問題などが、非常に分かりやすく書かれています。現在の日本の大学(入試)制度の問題点や課題はこの本に集約されるのではないでしょうか。高等教育に少しでも関心がある方、特に大学に関して初心者(私もそうですが)の方には是非、読んで欲しいですね。この本の著者は教育学などの専門家でないので、小難しい言葉や言い回しなどは無く、素人にも簡単に理解できる内容になっています。新聞の「教育欄」程度の分かりやすい文章ですが、説得的な「そうだったのか」と読後に思える本です。「偏差値」「大学入試」に興味を持った方には必読の良書です。
偏差値は受験生が大学を判断する数少ない指標だ。偏差値が低ければ受験生は見向きもしない。入試科目数を減らして偏差値を吊り上げる方法は最良の策だ。逆に入試科目数を増やして偏差値が下がるのは大学にとって致命的ミスとなる。慶応SFCが優秀なのは、1科目+小論文で高い偏差値を保っているからだ。
偏差値を目の敵にする人たちがおりますが、そんなに悪者ですか。偏差値のない時代だって「点数」はあったし「競争」も存在したはずです。偏差値=勉強=悪 という構図を主張していらっしゃる偉い方々も、おそらく激烈な競争を勝ち抜いて、高得点を獲得したからこそコメントができる立場にいらっしゃる、そういう方が少なくないはずです。 勉強の場合に学習状況の”秤”となるのが「点数」であり、それをより客観的にしたものが「偏差値」です。大学は多くの場合「偏差値=点数」が高いものほど合格できるわけですから、当然偏差値が目安となってきます。偏差値そのものに「悪気」はないのではないか、現実に勉強しなければ入れない学校を目指すなら「到達度」をはかるものとして「偏差値」が実用度が高い、そう感じるのです。 生活していく上で多くのものに目安が必要です。食べ物で言えば賞味期限、人間ドックの様々な結果による健康管理、スポーツ測定、日頃の鍛錬を試す練習試合などきりがありません。なぜ勉強を「偏差値」で確認するのがいけないのか、なぜその「偏差値」で行きたい学校の見当をつけるのがいけないのか。不思議です(一生懸命勉強に打ち込むことが学力偏重で、その成果を測るから偏差値は許せない、ということならば話は別の次元となりますが)。皆目見当がつかないところで、どう志望校を絞り込んでいけるのか。ご自分やご自分のお子さんにも「偏差値は許さない」という姿勢で臨んでいらっしゃるのでしょうか。 「受け入れる側が偏差値を使う限り、偏差値は必要」という著者の現実に納得される方が多いと思います。偏差値=悪 ではない、と確信してきた方はもちろん、そう思ってはいてもなかなか整理できない・・。そういう人にもぜひお薦めです。